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永遠に満たされない [心の履歴書]

よくコメントしてくださる皆さんのブログを拝見したり、以前引用した「水筒に水が半分」の話のことを考えたりしていて、ふと思いました。
私って、一体何がそんなに満たされずにいるのだろうか・・・と。

6月から飲んでる漢方薬のおかげなのか、特にここ2ヶ月ぐらいでかなり痛みが気にならなくなってきました。
だけど、その分痛いのを言い訳に出来なくなったというか、心の問題とストレートに向き合わなくてはならなくなってきて、痛みが少なくなったからといって心の方はちっとも楽になっていない現実をどう考えるべきか、戸惑っています。
とても贅沢な悩みであることはよくわかっているつもりなのですが。

水筒に水が半分」の話を、自分に当てはめて考えてみることにしました。
私は、半分を少ないと思うタイプか、多いと思うタイプか、どっちだろうかと。
しばらく考えて出た答え・・・水筒に水がいっぱいでも満足できないタイプ!!
そうそう、私ってそういうやっかいなタイプなのです。
なんでそういう考え方をしてしまうのか・・・。

ある女の子が、頑張って水筒にお水をいっぱい入れました。
それを褒めてもらえるのかな、と思いきや、新たに空の水筒を渡されました。
「そっか、これをいっぱいにすれば褒めてもらえるのね」
そう思って、女の子はまた頑張って水筒を水で満たしました。
でも、空の水筒は思ったより沢山あるみたいです。
他の人より沢山の水筒をいっぱいにした人が一番幸せになるって言われました。
女の子は、どうせなら好きな水筒を選びたいと思いましたが、渡された水筒が一番間違いないと言われ、確かにそうかも、と思ってその後も黙って水筒を水で満たしました。

ある日突然、来る日も来る日もそうしていることに嫌気が差してしまいました。
17歳の夏、家出をして一週間うちに帰りませんでした。
正確には、外出先でそのままうちに帰りたくなくなってしまったのです。
そのときのことは、細かいことはあまりよく覚えていません。
一種の乖離状態だったと思われます。
うちに帰ったときは、無事でよかったと言われるよりも、どれだけ恥と迷惑をかかせれば気が済むのかとそればかり言われました。
それまで無断外泊をしたこともなければ、病欠以外で学校を休んだこともありません。
叩かれながら「謝れ!何で謝れないんだ!!」と言われましたが、私にはそんな風に責められなくてはならない理由が全く理解できませんでした。
学校はクリスチャン系の女子高で、退学させられてしまいました(表向きは自主退学)。
大人は信用できない、とますます思うようになりました。

その後大学入学検定試験に合格して、留学させてもらったりしました。
そのことは感謝しています。
でも、遠く離れても自由になった気がしませんでした。
小さいときからなんでも一人でするように厳しく言われていたので、ひとりでどこにいくのも何もするのもほとんど不自由したことはないですが、気持ちの上ではいつも不自由でした。

30歳過ぎてすぐの頃、仕事に行くのがどうしても嫌になり、どうしてよいかよくわからなくなり、初めて精神科に掛かりました。
その頃、私が思春期の頃どういう思いでいたのかという話を両親にしましたが、まったく相手にされませんでした。
自分の存在があまりにも小さく、豆粒みたいだ、と感じて、ODして自殺未遂もありました。
死にたいとは思いませんでしたが、こんなにちっぽけなら消えてなくなってもいいかな的な感じでした。
母は、私がどのような思いでいるのかというより、私が嫌がらせしたように思ったみたいです。
父は何事もなかったように振舞っていました(いつものお得意のパターン)。
そういうことを経て、親に理解してもらおうというのは無理なのだ、と悟って、自分が何をしてどう生きたいのか、そのことだけ考えようと思ったとき、やっと気持ちが楽になりました。
ほどなくしてある程度お金が溜まったところで一人暮らしするようになったり、自分なりに順調に自立への道を辿っているつもりでいました。
人付き合いの不器用さは、まったく改善できなくて常に悩みの種でしたが・・・。
でも、結局その考え方も10年ぐらいで破綻しちゃいましたが。
その間に(実際はそれ以前から)体ガチガチになりあちこち不具合や痛みが生じるようになっていました。
精神的にいろいろ積み重ねてきたものもありますが、アンチ体育会系だったはずの私が競技志向のフットサルチームでバリバリ体育会系(しかもいい年して!)な生活をしていたのも体には良くありませんでした(メリットも少なからずありましたが)。

その後は、変形性膝関節症が実は間違いだったり(でもなんで痛いかわからない)、軽度のヘルニアの予後がおもわしくなく、自分で調べてみたら痛いのはヘルニアのせいじゃなかった!!あの痛みもこの痛みも筋痛症!!ということで、二度とお世話にならないつもりだった精神科の門を再び叩く事になり・・・。
さらに皮肉なことに、数ヶ月前に意外な展開から親子の確執が表面化してしまい・・・。
残念ながら、私が親に配慮して、親が触れて欲しくないことにあえて触れないようにしていたことには、意外なほど無頓着だったようです。
本音と建前を使い分ける父の悪い癖が一番まずい形で出てしまいました。
こちらとしては聞かなかったフリするわけにもいかず、なるべく角が立たない方法で真意を探ろうとしましたが、案の定ヘソを曲げてしまいました。
これまでの経験から、一筋縄ではいかないだろうと思ってはいましたが、父のヘソ曲がり具合は私の想定の範囲をはるかに超えていました。
加えて、おろおろしている母の態度にも堪忍袋の緒が切れてしまいました。
そもそも、まず夫婦で話し合うべきことなのです。
これまでさんざん「親を頼るな、自分に責任を持て」と言っていたのはなんだったのか。
たがいに自立するという意味合いではなかったのだろうか。
でも考えてみれば、私に求めていた自立は常に条件付だったのだけど。
さらに本音と建前があるものだから、若い頃はわけわからず振り回されていた。
「自分で考えなさい」みたいな物分りの良いことをいいつつ、首には見えない鎖が常に繋がっていて、親の意に沿わない方向へ行きそうになると、見えない鎖の存在が突然顕在化するのだった。
それを指摘すると、突然親子には上下関係があって当たり前というようなことを言う。
普段は、子どもを子ども扱いしない方針とかって、対等な関係を強調してたのに(だからうちでは歯ブラシも歯磨きも大人用、子供用のフルーツ味のとか使ったことない)。
だけど、大人二人を相手に対等な関係って言われても、その時点ですでに対等じゃないんだけど!!
おかげで言葉覚えるのは早かったというか、人一倍理屈っぽくなってしまったと思います。
だってそうじゃないと我が家では生きていけませんから。
感情は二の次。
理屈が通ることが大事!!
だけど大人の屁理屈に勝てるわけないのです。
しかも、大人になってみてよくわかったけど、ウチの親の屁理屈、本音と建前の使い分けは尋常じゃないです。
さらに驚くのは、最近ようやくわかったのですが、ふたりとも無自覚なようです。
多少は自覚してるのかな、と思っていたので、この発見は正直言って衝撃でした。
どうやら、自分を正当化することにしか関心がないので、子どもがどう感じているか、何が理由でそういう行動に出たか、という発想にはならなくて、何故か私のやることなすこと気に入らないことについては全て嫌がらせと思ってしまうようです。
裏を返せば、自分達のしてきたことは全て正しいと認めて欲しいということなのでしょう。
残念ながら、それはできません。
何故なら、それを許せば私は私自身を否定しなくてはならなくなるから。
私の両親は、なんらかの理由があって子ども(=私)という媒介を通して自分達の人生の選択が正しいものであると証明したいのだろうと思います。
そのことは、理屈の上ではなんとなく理解できます。
理解できますが、だからといって、私という人格、私の価値観、私の人生が犠牲になってよいわけではありません。
私の両親には、私の存在とは関係なく、そのままで幸せである、そのままで有意義な人生を過したと思えるようになって欲しいです。
あれだけ「自立、自立」と言っていたわりには、実は自分達が自立できていなかったのです。
そのことに気付くのは、これからでも遅くはないはずと思います。
ただし、私からあえてそのことを指摘はしません。
自分たち自身で気付いてもらわないと意味がないからです。
それに、私の言い分は以前さんざん話しましたから。
それでもまだヒントが足りないとしても、それは私のせいではありません。
このまま分かり合えなくても仕方ないでしょう。
私はただ、今以上に傷付きたくありません。
ただただそれだけが望みです。
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